サムスン生命保険株式会社
顧問
日本アクチュアリー会正会員
東京大学 理学部 統計アクチュアリーコース非常勤講師
慶応義塾大学 理工学部 保険数理 非常勤講師
山内恒人氏
2012/2/9 14:00
◆業種
生命保険業、
「アクチュアリー」保険数理の専門家
アクチュアリー【actuary】
数理統計学をもとに死亡率・事故発生率の計算や保険料の算出、年金計算などを行う保険・年金数理の専門家。保険計理人。(広辞苑より)
◆子供のころになりたかったものは?
宇宙に行きたい!と思っていた。
幼いころから天文少年で、天体に興味があった。
小学生の頃は、望遠鏡等を作って遊んでいた。
◆毎日欠かさずしていることはありますか?
原稿を書いている。
依頼された原稿の他にも、書きたい内容があると自ら執筆することもある。
常に何かの原稿を手がけている。
◆自分の支えになった、或いは変えた人物・本は?
1、(故)小畠守生先生
東京都立大、慶応義塾大学の名誉教授だった。
とても厳しい先生で、私にとっての恩師であり、大学院卒業時に就職を推薦してくれた担当教授である。
当時の求人状況は売り手市場であったため、その気になればいつでも就職できると思っていた。
研究者になって、そのまま大学院に残ろうかと思っていたところに教授から「ここにいってごらんなさい。」と紹介された。
当時は、なんとなく就職してしまったが、今思うと自分は研究者向きではなかったように思う。
この先生のお陰で、今私はこの場にいる。
2、(故)坂口陽史(さかぐちきよふみ)氏
日本のプルデンシャル生命の初代社長。
プルデンシャル生命の立ち上げに携わったときの一つ上の上司で、ビジネスマンとして尊敬できる唯一の人物。
鉄の意志で絶対に物事を成功に導く人。
リーダーは決めないといけない。「決めない」というリスクと「即断のリスク」を教えてくれた。
よく「石橋を叩いて渡る」というが、坂口さんは石橋にダイナマイトを付けて爆破し、壊れないかを確認してからでないと渡らない程慎重だった。
ところが、一旦決めた事は、絶対に動かさない。しがみついてでも成功に導くその姿に感動した。
そして仕事に軽重が無く、まじめ一本で全てが重い。この人がリーダーであることは社員の誰もが認めていた。ともかく逃げない、仕事の時間もとても長時間だったように思う、それが祟ったのか早くなくなられてしまった。
ある時、社内レクリエーションでやわらかいボールでバレーボールをする事になった。
その前日か前々日の経営会議で、「どんなボールを使ってるんだ、もって来い。」といい、「これでつき指をしたらどうするんだ。」と、レクリエーションでさえも仕事と捕らえ、細かいところまで気を配る。
そして、それを経営会議で検討していた姿は立派だった。
もちろん現代的な階層的なマネジメントのセンスからするといかにも非違効率でバカらしいかもしれないが、そんな批判はお構いなしだった。
また物凄い倹約家でもある。
会社はお金を使い始めるとキリがない。
立ち上げ時、電話配線などは業者に任せず社員がやったし、ついたて等も皆で手作りした。
私は、単にこの人に褒められたいがために頑張った。
「アクチュアリーの資格」も短期間で取得することが当たり前の雰囲気を作った。
坂口氏は、アメリカのアクチュアリーの資格まで持っていて、アクチュアリーの資格を取ることは、特別な事でもなく「当たり前の事」だと思い込まされた。
そのお陰で、難しく構えることもなく挑戦できた。
◆自分の人生を変えたきっかけになった言葉は?
「丸暗記」
親父の言葉。
父親はまじめで厳しい、航空整備士であった。
高等小学校しか出ていない父親は、ほぼ独学で一等整備士の資格を取った。
父親は、教科書やテキストを全て丸暗記していて、空で言えたのだ。
その父が、いつも「四の五の言わずに丸暗記!」と言っていた。
自分自身はさすがに丸暗記は出来なかったが、高校、大学、大学院と色々な勉強法を学んできて「丸暗記」が一番良い!と50歳を過ぎて最近やっとわかった。
色々なテクニックを使った勉強法は勉強したフリのようなもので、自分のものにするにはやはり「丸暗記」が一番だ。
◆人生の転機はいつどんなことでしたか?
32歳の頃、2回目の生命保険会社の立ち上げにかかわった時。
「立ち上げをもう一度やってみたい」と思っていた時に声がかかった。
スキルがあると過信していたところがある。
最初の立ち上げは、坂口氏というリーダーがいた。
ところが、今度はいない。
自分たちで決めて行くしかない。
この経験から、会社の経営、お金の使い方や業務等、技術的な専門知識以外のものを学んだ。
◆問題、障害或いは試練は?どうやって乗り越えたのですか?
2度目の立ち上げの後、ソニー生命で商品開発やALM【Asset Liability Management】(資産と負債を総合的に管理するリスク管理業務)に集中した。
その間に、保険業界は物凄く進んでいて、アクサ生命の執行役員に迎え入れしばらく営業の仕事をしている間、アクチュアリーの世界は余りに急速に進んだので浦島太郎状態になってしまった。
自分もそれなりに偉くなっていたので、わからないことがあっても人に聞けない。
プライドがあるので、もう一回勉強し直した。
もう努力のたまもので、キャッチアップするのに物凄く大変だった。
その後、3度目となるネクスティア生命の母体、SBI生保設立準備株式会社の立ち上げに携わり現在がある。
立ち上げの面白みを知ったからこそ、がんばれたのだと思う。
◆夢は?
もう一冊本を出版したい!
以前に出版した本は、古典的なアクチュアリーの本だったので、今度は現代的なアクチュアリーの本を書きたいと思っている。また近々生命保険数学の問題集を発刊したいと考えている。
山内恒人著
「生命保険数理の基礎」アクチュアリー数学入門
東京大学出版会
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